2010年9月2日木曜日

さんぷる

・プロローグ







少年の前には、くすんだ紙が一枚ある。

一見すると只のごみだが、それは少年にとっては血と汗の結晶である。

「できた! ついに完成したぞ! これさえあれば、俺にも……」

勿体をつけるように、間を置いて。

さらに深呼吸してから、自室である天守閣から彼――佐藤信長――は叫ぶ。

「嫁ができるーーーーっ!」

机の上の紙にはデカデカと太い文字でこう書いてあった『嫁ゲットオペレーション』。

時刻は、深夜零時。

それは、埼玉に魔王が誕生した瞬間。

これは、信長少年が自分の嫁を手に入れる物語である。







「殿、ご機嫌麗しゅう」

「くるしゅうないぞ、サル」

教室に入るなり信長の前に跪くサルこと、鈴木秀吉。

別段、二人の間に主従関係はないのだがガキ大将とその子分の関係が行き過ぎて何故かこうなってしまった。

とはいえ、一年以上も繰り返され手いる光景なので、珍しがる人間はいなかった。

「それで本日の作戦は、まずは嫁の情報を調べることだ」

「さすが殿、敵を知り己を知れば百戦危うからず、ですな」

「敵ではない、嫁だ! 馬鹿者が!」

「申し訳ありません、殿」

「斬首だ! と言いたいところだが、まあ良い。これを読め、サル」

「ははっ」

恭しく礼をしてから書面を受け取り、一瞬で目を通す秀吉。

それを確認すると、信長が書類を回収する。

「理解したか、サル」

「ははっ。実は、こんなこともあろうかと既に準備は万端です。殿」

「準備ができているとは。できすぎた部下を持つと仕事が楽でよいわ、はっはっは」

「お褒めに預かり光栄です、殿」

席から立ち上がり、手を伸ばし信長が声を張り上げる。

「それでは、嫁ゲットオペレーション開始を開始する」

信長が号令をかけると、秀吉は音一つなくその場から消え去った。

見慣れた光景とはいえ、周りから全く反応が無いと言うのも寂しいものである。







同時刻、天井裏。

「な、兄様。なんてことを考えるの! いくら彼女ができないからって、いきなり嫁だなんてどうかしているわよ!」

信長の妹、こと佐藤市が思わず声をあげる。

とはいえ、そうなった主な理由は彼女にある訳だが。

四六時中、兄を監視して近付く女性全てを秘密裏に葬り去ってきたのは、何を隠そう彼女自身である。彼女としては、これで彼が諦めてくれればと思っていた訳だが、信長の思考はその上をいった。

つまりは、こんな考えだ。

彼女ができない、

ならば、

嫁を作ればいい。

だれがこんなふざけた思考回路を予想できるだろうか。

とはいえ、彼女の考えも似たり寄ったりであり、そんなところは兄妹ゆえだろうか。

女 性が恋しくても彼女ができなければ手近なところで済ませるだろう、つまりは、自分自身を構ってくれるようになるだろうという打算の元。佐藤市は、怪しいう わさを流したり、ラブレターを葬り去り、取次ぎ役という形で破局させたり、あるいはもっと直接的な方法で妨害を続けてきたのだった。

独自の結論に達した兄を見て、慌てふためく彼女を尻目に始業の鐘が鳴る。

仕方無しに彼女も又、教室へと戻るのだった。







「ミナサーン、オハヨーゴザイマース。席についてクダサーイ」

外人特有のアクセントで、担任であるザビエル師が話す。

肩に掛けてあるマントと銃が異質ではあるが、それ以外は普通の教師だ。

こんなんでよく教師をやっていられるなと思うだろうが、イケメンで人気があることと、外人であるからという理由で黙認されている。

「静かにシナサーイ。ホームルームが開始できませんヨー」

教室は、喧騒に包まれている。

しかし、眼光を鋭くしザビエルが小さくつぶやくと、教室は一変する。

「おや、……蚊がいるなあ。それもたくさんだ」

その台詞を聞くと教室は、一瞬にして静かになる。

そう、あの発言は警告である。

一度目のときは、冗談だと受け流していた生徒たちだったが、『蚊』が実際に潰されたことで彼の統率力は一挙に高まった。

それは、一瞬の出来事だった。

「すいません、遅れましたー」

遅刻してきた山田光秀が、勢いよく扉を開ける。

そう、開けてしまった。

奇しくもザビエル師の背中を取るポジションであり、そして、それは、『死』を意味していた。

「俺の後ろに立つなぁぁぁぁっ!」

ザビエル師が背中に携えた銃を構え、撃鉄を起こし、弾丸が放たれるのに一秒は掛からなかった。

当然、光秀にそれをよけることはできるわけも無く、弾丸として打ち出されたチョークが額で弾ける。

「これが、三日天下か。ガクリ」

光秀は、その場であえなく気絶した。

「ふ。また、つまらない蚊を落としてしまった」

何も無かったかのように、ザビエル師は出席簿に遅刻と記入し、出席を取り始める。

そうして、いつものように授業が始まるのだった。



とまあ、こんな感じのものを書いてます。以上、近衛でした

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